2008年05月21日
遠野秋彦の庵小説の洞 total 2212 count

面白ショートショート『契約行進』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 A国には面白い制度があった。

 企業が契約を交わす際に、契約規模に応じて社員が出て町中を練り歩く「契約行進」という制度である。

 これはかつて「契約した」「していない」という揉め事が多かったことから当時のお奉行様が提案して施行された制度である。互いに社員を出して町中を練り歩けば、多くの人が目撃するので、無かったことにはできないだろう……というのが趣旨であった。

 しかし、この制度は30年も経たずに変質していった。契約行進は、社員たちのパフォーマンスの場となっていったのだ。多くの観客が見物に出る中、各自が素人芸を見せるのである。これは、社員にとっての良いストレス解消になるし、企業のイメージアップにもつながった。

 ところが、これが定着するにつれ、企業は互いに芸を競い合うようになった。一芸を持つ社員には、ライバル社を超える芸が求められた。徐々に、どの企業にも「行進パフォーマンス課」が作られるようになり、そこには芸だけで給料をもらうプロフェッショナルが所属するようになった。また、芸につぎ込まれる予算も莫大なものになった。

 いつしか、契約行進は企業を圧迫する重荷になっていた。しかし、契約行進を簡素化するわけには行かなかった。多くの者達が見ている行進を簡素化すれば、それは「この企業は不景気なのか」と疑心暗鬼を生み、企業イメージをダウンさせたからだ。

 ここで、商売の才能がある男が新しいビジネスを立ち上げた。契約行進のパフォーマンス代行業である。多数の芸人を抱え、一時的に各企業に契約社員として派遣し、契約行進でパフォーマンスを披露させるのである。これなら、常時芸人を社員として雇い入れるコストが回避され、企業も大喜びである。

 企業は自社のイメージを安価に向上でき、見物人はプロの芸をタダで楽しめ、誰もがハッピーな時代が到来した……はずであった。

 ところが、あるとき、根絶されたはずの「契約した」「していない」という揉め事が起こり、奉行所に持ち込まれた。

 当初、奉行所ではすぐに解決すると思われていた。何しろ、大規模な契約ともなれば、両者が大規模な契約行進を行っているはずである。それを目撃した多数の見物人がいるはずだから、契約の実在は容易に証明可能と思われたのだ。

 ところが、奉行所のスタッフが聞き込みに出ると彼らは驚愕した。

 確かに見物人たちは、契約行進をよく覚えていた。何月何日の何時頃、どこで契約行進を見たのかをすらすら言える者も珍しくなかった。

 ところが、彼らが覚えているのは「人気芸人の誰それが出ていた」という話ばかりで、どの企業の契約行進であったかは、誰も覚えていなかったのだ。

 人気芸人ともなれば、1日に数社の契約行進を掛け持ちすることも珍しくなく、彼らもどの企業の行進に参加したかをいちいち覚えてなどいなかった。

 結局、訴訟は結論を出せず迷宮入りしてしまった。

 それ以後、「契約した」「していない」という揉め事が多発するようになり、契約行進はそれを抑止する効能を発揮しなくなった。

 しかし、契約行進という制度そのものが無くなることはなかった。効能のない無駄遣いだという批判を受けながら、それでも続いたのである。今日もまた、A国ではド派手な契約行進が町を練り歩いていた。

(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)

★★ 遠野秋彦の他作品はここから!

遠野秋彦